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last updated 1997/06/30

第46話(全130話)

あれは何? これは何?(2/5)




 マスターばかりではなく、あたしもまた心の回路がショートしてしまってる。あのエルモの
森の入り口で、まぼろしの少年を目にした時から、あたしはやっぱりどうかしちゃってる。胸
がキュンと疼いた瞬間に、あたしの中にため込まれていた「女の子」としての感情がいきなり
迸り出て、血液よりも早い速度でぐるんぐるんと駆け巡ってる感じ。そんな熱い迸りの煽りを
受けて、あたしはロボット相手に母性愛みたいなものを感じちゃってる。
 母性愛。
 それがもしかしたら、女の子らしさの正体かもしれない。
 マリカはそう思った。年ごろの女の子なら誰しも「お姫さま願望」を持っている。素敵な王
子様に出逢いたい。お姫さまのようにきらめく日々を送りたい。優雅で愛に溢れた宮殿に暮ら
したい。そんな「お姫さま願望」はしかしマリカにはない。彼女はすでにお姫さまなのだから
、わざわざそんなものに憧れたりはしない。とはいえマリカだってお姫さまではあっても、や
はり女の子であることには違いないから、素敵な王子様の登場を求めていた。いつも周囲から
愛されてきた姫君は、愛されたいという想いよりも、誰かを真剣に、そして熱烈に愛したいと
いう想いのほうが強かった。愛されたい、という想いは「お姫さま願望」に昇華して行き、愛
したいという想いは、最終的に「母性愛」へと行き着く。
 マリカは百の質問に溺れているマスターを母のように見守りながら、質問に答え続けて行っ
た。城にいた大人たちのように、質問の連打にうんざりなどはしなかった。うんざりしたり、
質問をはぐらかしたりするのは、自分に質問に答えるだけの知識がないことを知られるのが嫌
だからだ。答えられない質問ばかりするから、子供は大人からうんざりされてしまう。
 どうして空は青いの? どうして雪は白いの? どうしてママはパパのこと怖い目で見てば
かりいるの? どうして怖い夢を見るの? どうしてぼくはほかの子より小さいの?
 そんな質問に子供に理解できる言葉で答えようとすると、すぐに口ごもってしまう。そして
たとえ話でごまかしたりする。ごまかしていると、自分でわかるから、ついつい、うんざりし
た顔をして子供たちから逃げ出してしまう。
 けれどマリカは逃げなかった。質問を抱えたマスターと同じ目の高さで、世界をもう一度み
つめ直そうとした。すべての母親が子供の質問を大らかに受け止め、疑問を持つことが成長へ
の足掛かりだと目を細めるのと同じように。理屈ではなく心で、マリカはマスターと触れ合お
うとしていた。
「あれは何? ほら、あそこにある木、動いてるよ」
 ピートがまた声を上げて指を差す。
 その方向に、のっそりのっそりという感じで動いている一本の木があった。その木にはたわ
わにオレンジ色の実がなっていて、小鳥たちがその実をついばんでいる。
「あれはカブッチャーよ」マリカは答える。「あの木の下には大きな甲羅を持った四本足の動
物がいるの。それがカブッチャー。水の中でも土の上でも生活できるんだけど、ズングリした
体からわかる通り、あまり活発に走り回ったり泳ぎ回ったりはしないのね。だから餌を採るの
も上手じゃないの。のっそり、のっそり、ゆっくりゆっくりとしか動けない彼らは、どうやっ
たら餌をちゃんと食べられるようになるだろうって考えたの。そして甲羅の上に木を生やすこ
とにしたのよ。花が咲いて実がなる木。それを甲羅の上に乗っけて生きることにしたの。そう
すれば、いつだって食べたい時に木の実が食べられるでしょう? ちょっと甲羅を揺すれば上
から木の実が落ちてきてくれるんだもの。カブッチャーはとっても横着で怠け者だから、そう
いう自分でもちゃんと生きて行ける方法を考えたのね。木のほうにしても、ああやってカブッ
チャーと一緒にあちこち移動できるから、あちこちに種を蒔くことができるの。そうやって自
分の子孫をたくさん増やすことが出来るのよ。つまり共存してるわけ。お互いがお互いを利用
して、寄りかかりあって、助け合って生きてるのよ」
〈どんな怠け者だって、怠け者なりに一所懸命しあわせを捜してるってことだよ〉
 フィンフィンが口をはさんでくる。
 ピートは食堂を背負って歩く、亀のような生き物に目を奪われた。そしてひとつ気づく。こ
の渓谷で見かけたどの生き物も基本的にとても穏やかに自然の中に溶け込んでいることに。ド
ラテロだけが猛々しかったけれど、それも赤ん坊を守るためだった。そのドラテロにしても荒
らされた巣を捨てて、どこか森の奥へ、もっと赤ん坊に安全な場所を捜して消えてしまった。
みんな平和を求めているようだった。日向ぼっこがしたくて、地底から這い出てきたモロンボ
、走り回ることなく餌にありつく方法を発見したカブッチャー。そして鰭を翼にして悠然と飛
んでいるフィンフィン。みんな自分がいちばん気持ちのいい場所を求め、その結果、自然の懐
の中にやさしく抱かれることを選んだように見える。もしかしたら、それが進化というものの
原動力なのかもしれない。環境と折り合いをつけながら、それでも自分がいちばん気持ちのい
い姿を求めること。
 何かを求めれば、最良の形でそれは与えられる。そして求めようとしなければ、何も与えら
れない。
 日曜学校でワイニング牧師がそう話してくれたことがあった。何かを求める気持ちが、人を
成長させる。きっと、マリカもまた、何かを求めているのだろう。もっと自分を成長させたく
て、彼女は目的のない旅を求めたのだろう。
 そしてぼくもまた、何かを求めた結果、いまこの世界を与えられたのかもしれない。この長
閑かでやわらかな光に包まれた世界を。

(つづく)




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